内田真弓のアボリジナル・アート考
第1章アボリジナルアートギャラリーでの私のしごと


「アボリジナルアートを勉強するためにオーストラリアに来たんですか?」
「なんで内田さんはアボリジナルアートなんですか?」
「わたしもここで働けませんか?」
こんな質問を非常に良く受ける機会がある。そのたびに、私は自分のライフストーリーをお客様にかなり細かく話をする。そう、そして出来るだけドラマティックに。

そもそも私だってこのギャラリーに、何も履歴書を持参して就職願を申し出たわけではない。思えば6年前、たまたま雨宿りでふらりと立ち寄った場所がこのアボリジナルアートギャラリーだった・・・簡単に言ってしまえばそれだけのことなのである。だからもしあの時、お寿司屋さんに入っていたら私は今ごろ寿司屋の職人になっていたかも・・・
そんなわけない。

たまたま立ち寄ったギャラリーで、いきなりそこのオーナーから「ここで仕事をしないかね?」そんな申し出を受けるなんて信じられないね・・・私の両親はもちろん、親しい友人たちも口々に「そのギャラリーは怪しい」そう言って私を一気に興ざめさせたりもした。
そのころの私はオーストラリアの郊外に住んでかれこれ一年が経とうとしていて、もうあと数週間後には日本へ帰国をする・・・そんな状況だった。オーナーから仕事のオファーを受けたとき私は以前日本のテレビで見たドキュメンタリー番組をふと思い出した。それは日本へ行った様々な外国人たちが日本の伝統芸能に魅せられてそのまま修行を兼ねて住みついたというなかなか私の興味をそそった内容のものでいつもそのことが私の頭の片隅にひっそり潜んでいたことは事実だ。

“もしかするとわたしも・・?”

ギャラリーのオーナーからの申し出を迷いながらも私は受けた。たまたまふらりと立ち寄ったこのアボリジナルアートギャラリー。それが「運命」なのか「宿命」だったのかはいまだに解明していないが、またとないこのチャンスに掛けてみてもいいかもしれない・・・心からそう思ったのだ。

アボリジナルギャラリーでの主な仕事は70%が接客である。ギャラリーに来られたお客様誰もにアボリジナルアートのレクチャーをプレゼンテーションする。いらっしゃるお客様の国籍は多種多様で絵の購入の仕方もそれぞれそのお国柄が出てなかなかおもしろかったりする。もともとおしゃべりが好きな私にとって接客はもってこいの仕事・・・そう思って始めたのがかなり安易であった。すぐに大きな壁にぶち当たる。

というのもただでさえ内容の深い先住民文化・歴史・そしてその芸術を何から何まで自分の母国語じゃない英語で説明をするのだから。日本人の私は日本人のお客様だけを相手にしていればいいなんて甘い考えもいいところだった。だから言葉が100%じゃないぶん、熱意で私のアボリジナルアートに対するときめきを一生懸命お客様に伝えた。来る日も・・また来る日も。“一生懸命頑張れば、そのぶん必ず自分に返ってくる。”そう日々自分に言い聞かせながら。
それでもはじめは一体どうやってお客様にアプローチをしてよいものか分からず、手当たり次第近づいていったはもののなかなかコミュニケーションが取れないそのもどかしさがストレスとなって悩む毎日であった。白髪も増えた。顔つきも険しくなる。ああ、こんなはずじゃない・・・そう思っていちいちお客様に「私はセールスの人間じゃありませんから、何でも聞いてくださいね。」そんな話し掛けのきっかけをつくったりもしていた。

ここで少し、私がギャラリーに来られるお客様について多少なりとも気づいたことに関して触れてみたいと思う。
先ずはじめに、「美術をエンジョイして欲しい」ということ。「見る」だけではなく「観る」ことを忘れないで欲しいということ。つまり、あなたのアートに対する鑑識眼はあなた自身の目しかないのだから。そして、「なにか作品を買わなくては!」このまったくいわれのない強迫観念はまず捨てること。それよりももっと“自然体”で様々なアートに接して、いやというほど作品を「観る」ことに徹してみてはいかがなものだろう。そうすれば少しずつ自分自身にフィットした分野やアーティストなどを選ぶ態勢に入って行けるのであるから。そう、ただそれだけでいいのである。一方、ギャラリーに展示してある作品だってそのギャラリーのオーナーやスタッフの美意識と鑑賞眼で選出してるのであって、その選択が自分の好みにより近いものとどこかで合致していると感じたのなら、そのギャラリーとの相性はまず悪くないはず。それにギャラリーに入ったお客様の10人中、8、9人まではただ「見る」だけの方々なのだから、あなたはなーーんにも引け目を感じることはない。何気なくスーーと入って、お店のスタッフと視線が合ってもたじろうことなく落ち着いて作品を次々と見て回ればいいのである。「見る」お客様はギャラリーでは「歓迎される顧客の卵」であるのだから。
しつこいようだが、作品をひたすら「観る」ことに徹すること、これが美術入門の鉄則でありあなた自身の鑑賞眼をグレードアップさせる唯一の秘訣であることも忘れないで欲しい。そんなお手伝いを私は日々行っている。だからこの様々な人々との出逢いが私の毎日をよりエキサイティングなものにさせてくれているに違いない。(つづく)


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