内田真弓のアボリジナル・アート考
第2章アボリジナルアートの買い方・選び方


これまでに、アボリジナルアートを『買おう』と思ったことがありますか?また実際に『買った』ことはありますか?
前回お話したように『観る』やただ『選ぶ』だけの段階では結構クールに、そして客観的に振舞っていた自分でもいざ『買う』となると心は大いに乱れてかなり迷ってしまうものなのです。しかし、これは当然のこと。大切な自分のお金を使って『買う』ときにはうんと迷って迷い抜いて下さい。そして最後に自分自身で決断を下すわけです。

よくギャラリーにいらっしゃるお客様が私におっしゃることは『私は絵なんて分からないからねぇ、内田さんが選んでくださいよ。」ということ。これには私はただ単に困ってしまう事ばかり。
ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。私はお客様のお好みも知りませんし、ご自宅の家具の色調も想像つきませんから。それにご予算だって大切な決め手のポイントになるんですからね・・・・そんな理由をもって私はあまりお客様のそう
いうリクエストにはお応えしないようにしているのですがそれでも時々「それでもなんとか・・・」まだそうおっしゃって絶対にご自分で決めようとされないお客様に出会うことがあるのです。

『ご自分の眼を信じてください』・・・・・・・・・・・・・・私はいつもそうお客様に申し上げるのです。

フランクに話をさせていただくと、もともと美術作品というものは『値があってないもの』といわれます。まあ、早い話が眼のある人には千金・万金の値があるものでもそれこそネコには小判なのですから。

もちろん、1971年以降に発祥したまだ歴史的には日の浅いアボリジナルアートのドットペインティングにも、もはやすでに作家や作品によっては市場価格の相場はありますがそれも作品の状態や一般社会の流行り、または将来性などに
よって大幅に変化するものでもあるのです。

良い例としては毎年一度、6月の第4月曜日には世界的にも有名なオークション会社のサザビーがアボリジナルアートの競売をメルボルンで行うイベントがあり我々このような業界にいるものにとってはかなりエキサイティングする一夜となるわけです。世界中のコレクターたちが一斉に自分のお目当てのアボリジナルアートにここぞとばかりのものすごい値段を付けるのですから。私は毎年会場に足を運びますが、年々作品が競り落とされる値段とオークションの会場の規模が大きくなってきているのを実感しています。今年はやはり9月に行われるシドニーオリンピックの影響でしょうか。 6月26日、27日と今年は2日間にもわたって合計700点(これまでに例を見ない数)ものアボリジナルアートが競売にかけられるというので私はもうそれはそれは今からわくわくして当日を待っているのです。

この世にアボリジナルドットアートが美術として、そして商品として登場したのはまだ30年前ではありますがあの大きな大きなオーストラリア大陸を5万年もの長い間守り続けていた彼らは心も身体も大地とともに生きてきた、まさにこの地球上に最後に生き残る権利を持っているたくましい人々であると私は思うのです。

一年に一度の日本帰国時に必ず書店に行ってアボリジニに関する書物を物色するのですがアボリジニについて詳しく書かれている本はとても少ないと感じました。ほとんどが研究者の方々によって書かれているとても難しいものばかりで、何だか読んでいても良く分からないことを無理矢理書き留めているといった感じで読み終わった後に変な消化不良を起こした気分になるのでした。

だから、『実際に自分が行ってこの眼で確かめよう』
・・・・・・・・・・そんな思いがコミュニティでの滞在を私に決意させたのです。

これまでに何度か訪れたコミュニティも地域によっては話す言語も異なるし、それぞれ信じている神様も神話の内容までも違っていてとても興味深かったのを記憶しています。最初の数日間は私も私を受け入れてくれる彼らも互いにモジモ
ジしていてわりと距離を保ってはいたのですがそれも結局は時間の問題で子供達が私のようなストレンジャーを放っておくわけがありませんから彼らは容赦構わず身体中を触ってきますし、私のあとをところ構わず付いてきたりするのです。
また、連日炎天下で46度は軽くあるであろう地上気温に私も気力だけで何とか乗り越えていたなか、この暑さでは化粧もろくに出来ない・・・・・・・・うーん。でも眉毛だけは描いておこう・・・・・・・・・そんなわけの分からない女性のサガでかばんの中から取り出したコンパクト鏡に「ぎゃああーーーー!!!」と悲鳴をあげて飛び上がる子供達がなんともたまらなくかわいかったりするのです。それまで鏡などを一度も見たことが無かった本当にピュアな人々。

彼らはいつも自然体で生きているのです。決して無理をしません。

それに比べて毎日物質文明で生きてしまっている自分はきっと心のどこかで“自然体”でありたい・・そう願っているのでしょう。物事に無理なく取り組んでいられたら余計なストレスや感情はいらないだろうに・・・・そうやって大地の子供に自分もいつか戻っていきたいと心のどこかで望んでいるのかもしれません。


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