哲J北東アーネムランド訪問記〜2006年6月〜



働き続ける長老

彼はまだ現役である。
76歳になってもいまだイダキを作り、イダキを演奏し続けている。
ブッシュの中に入ると彼の目つきがかわるのがわかる。
ゆっくりと森の中に入っていくように目に映るのだが、ちょっと目を離したすきにどんどんと奥へ進んでいくのだ。そしてイダキを軽く斧で叩く。まるでユーカリの木と会話するように・・・。これは、と思う木を見つけると大きな体をくの字にしながら斧を振り上げる。みるみるうちに切り込みが入り、あっという間に木が倒れるのだ。次に切り倒したイダキのボトムをじっくりと確認をする。そして「ユア、サイズ」といい自分の身長と長さを比較して、口元までの長さを確認する。そして無言で適当な長さの部分に横線を入れる。「ここにのこぎりを入れるように」という合図である。引くと切れる日本ののこぎりとは逆に押すと切れるオーストラリアののこぎりは参加者を戸惑わせる。それでもやっとの思いで切り、吹き口の穴の大きさを彼に見せる。親指ほどの大きさの穴だと「ライチョ(いいね)」とにこっと笑う。彼は本当にイダキとともに半世紀以上を過ごしてきたのだ。その間、日常としてイダキを製作し、イダキを演奏し、私たちにイダキを提供してくれる。その得た収入で家族を支え続けてきたのだろう。息子達はまだ彼の偉大さにはとうてい及ばない。それでも少しずつ、継承していくのだろう。長男のラリーはいまだ家からあまり出たがらず、たまにフットボールをしているようだ。次男のバーノンは反抗期を過ぎ、イダキの演奏や海でハンティングに興じている。
ジャルーは決して強い体ではない。70代の体は多くの病気と闘っている。それでも彼はイダキとともに生きているのだ。最終日の夜、イダキカッティングから戻って真っ暗になっても彼は参加者にイダキを教えた。次の曲はロックワラビー、次の曲は炎・・・次々繰り出される音に参加者は圧倒される、心揺れ動かされる。「そろそろ帰る時間だろ?」彼が私につぶやく。きっと彼は疲れたのに気づいたのだろう。彼に多くの負担をかけてしまったかと思うと心苦しかった。別れ際、彼は手を振りながら、ロングトゥーツを繰り返す。これが別れの合図だという。参加者の中には感極まって涙するものもいる。皆彼のことが好きなのだ。多くの日本人、いや世界中のイダキファンが彼に会いたがっている。彼はだれでも歓迎するかもしれない。でもそれは逆に彼に大きな負担をかけることになるだろう。それがとても心配でもある。自分はイダキを習いに彼の元を訪れているわけではない。彼はもっとたくさんのことを自分に語りかけてくれる。その深い考え方、文化、習慣を少しでも学ぶことができたら・・・。もちろん、彼がいなかったとしても、たくさんの景色を共有出来るだけでそれで幸せ。ジャルー、またたくさんのことを教えてくれて、ありがとう。

休まない女性
ジャルーの妻、ドフィヤも働き者である。彼女がじっとしているのを見たことがない。つねに何かをしている。特にジャルーの体調が悪かったり、儀式で留守の時は、彼女が一家の大黒柱になる。働き者の肝っ玉かあさん、といったところか。今回の訪問では初めて4WD車を借りた。これが彼女の心に火をつけた(笑)。「ワワ(弟、私のことである)、今日は釣りに行こう」「ワワ、キャプテンクックまで連れて行っておくれ」「ワワ、イダキを切りにいこう」今回はゆっくり過ごす時間がまったくなかった。まあ、参加者にとっては2回の釣りと2回のイダキカッティングは充実した日々だっただろう。彼女が6年前にアドプト(養子)にしてくれてから、グルウィウィの家族との関係が続いたのだ。アドプトはただ単にパスポートにビザのはんこを押してもらっただけのことだ。そのビザをどうするかはその人次第。そこから先の「旅」にはいろいろな出会いや体験が待っていると思う。ヤッパ(姉さん)、たばこの吸いすぎには気をつけて。





グルウィウィ期待の星
ジャルーの孫、ヨーチンはまだ1歳ちょっとだ。去年会ったときはまだ赤ん坊だったのに、今回会ったら「小さな少年」になっていた。もう一人で歩けるようになったし、時々言葉も発する。ジャルー一族は皆彼のことをよくかわいがる。娘達やダンガルはいつも彼を気にかけている。彼がもう少し大きくなったらきっとイダキを吹き始めるだろう。いつか彼がイダキ奏者になったときに自分のことを覚えていてくれたら幸せだ。

 



一番心優しく人なつっこいワコ(甥っ子)
私の名前を最初に覚えてくれたのがリナというジャルーの娘だ。昔からいつもにこにこしてよく話かけてくれた。前回の訪問で自分の履くシューズを気に入って「今度買ってきて」と頼まれた。出発前にいろいろさがしたのだけど同じものが見つからずに自分の履いていた靴をもっていった。それでもとてもよろこんでくれたのだが、ちょっとサイズが大きかったのと、ラリーが欲しいというのであげてしまったから次に来るときに買ってきてくれと頼まれた。お世話になっているので次に会うときには持っていくよ。

 



やはり一番賢い女性

ジャルーの妹、ダンガルはいつも冗談を言い、皆を笑わせている。彼女は賢く、バランダ(白人)とヨルングの間に立って働いている。彼女の人生はきっと波瀾万丈だったのだと思う。昨年孝行息子(直接の息子かどうかは不明だが)を亡くたときも決して泣かず気丈に振る舞っていた。葬式に駆けつけられなかったけど電話をしたときには「グリチリが歌を歌っているよ」と疲れた様子で話してくれた。今回の訪問でわかったことだけど彼女は今でも息子の交通事故の現場を避けて迂回路を通る。いつもこっちの道を行って欲しい、と頼む。滞在中他の家族が花を持っていったのを見かけた。どんなときでも、どの世界でも家族を亡くすことはつらいことだ、突然の訪問者が多くて、もう不意の訪問者を歓迎しないと聞いたときに、今回8名で伺ってもいいかと聞いたら、「おまえはいつでも歓迎するよ。おまえが連れてくる人なら100人でも200人でもいいよ」と言ってくれたときはうれしかった。そのかわりつれてくる人には自分は責任を持って迷惑をかけないようにしなくてはと思っている。2台の携帯電話を持って、「1台はいろんな人からかかってきて問題が多いから、もう一台買ったよ」という。その1台はまだ数人にしか番号を教えていないと言う。そのうちのひとりになったことをうれしく思っている。それからもうひとつ、今回の訪問では彼女に感謝しなくてはならない。訪問する数ヶ月前電話代が払えないというので、「じゃあ、ビルマ(彼らの使う伝統的な拍子木)を10セット作ってくれたらお金を先に送るよ」という話をした。ビルマは入手が困難でまあ訪問までに忘れてしまったらそれはそれで仕方ないと思っていたが、どうやらすでに頼んであるというので、滞在中3回ぐらい聞き続けたら「いいから、任せておきなさい!もうこれ以上聞くな」としかられてしまった。その夜釣りからの帰り、ボーキサイトの工場の近くにあるガルパという小さなアウトステーションに寄るように言われた。着くと「車で待っているように」といってある一軒の家に入っていく。2,3分するとスーパーの袋を抱えて戻ってきた。「はい、どうぞ」と渡された袋には、きれいにペイントしたビルマが10セット。ちゃんと約束を守ってくれたんだ。「知り合いに頼んでペイントをしてもらったんだよ。余りきれいなペイントだからたたくより飾りたくなるだろ?」ダンガルはにやっと笑った。

ラジオから流れてきたものは・・・
87.6mhz。北東アーネムランドでしか聞くことができないラジオがある。ヨルングのラジオ番組だ。車での移動中、ずっとつけっぱなしにしていた。伝統的なブングルの曲はもちろん、地元のバンドの演奏やヨルングの言葉のゴスペルソングなど・・・、どれも興味をそそられるものばかりだ。今回聴いた曲の中でおかしかったのが、エルコ島の子供達のバンドの曲で「ドント、スモーク、マリファナ」(歌詞はヨルングのことばで、「マリファナは体に悪い、マリファナは体に悪い、マリファナを吸うな!」なんて歌詞でダンガルと大笑いした。それから「ガナパラ、マナカリ」。意味は「バッファローは怒っている!」という曲。ひたすら「バナパラ、マナカリ、バナパラ、マナカリ、バナパラ、マナカリ」とラップに乗って繰り返されるのがおかしかった。ある夜、スキービーチからの帰り、聞き慣れた歓声とイダキの音色が聞こえてきた。よく聞けば昨年のイダキフェスタのCD「ガウル・マニカイ」の曲だ。自分の企画し、製作したCDの曲が北東アーネムランドで流れているかと思うと感極まった。次回の訪問ではラジオ番組を録音して持ち帰りたいなあ。

森の中で・・・
イダキカッティングで森にはいると不思議に思うことがある。よく彼らは方角がわかるなあ、ということ。道ばたに車を止めて、そこから歩いて森に入る。車がみえるときはいいのだけど、奥に入ってしまえばどの景色も同じで出口がわからないということだ。でもジャルーやドフィヤにはどこを歩いているかよくわかっている。今回は決して方向を見失わないように気をつけてみた。ひとつは方位磁石を持ち歩いた。もう一つは木の上の方の形を見て歩いた。でもやっぱりわからなかった。ドフィヤ、ジャルー、ダンガルと森に入ったとき、切り倒した5本のイダキのうち、途中においておいた3本をとって先に戻るように言われる。「イダキはどっち?」と聞くと2人は同時に同じ方向を指す。「じゃあ、車は?」というとまた同じ方向を指した。自分が思っていた方向と全然違っていたので愕然とする。彼らの方向感覚はすごい。


次回の北東アーネムランドの訪問は11月を予定している。今回は参加者にも恵まれ、また滞在もとても充実してのだが、毎回こういう形にはならない。以前の滞在では4日間雨ばかりでなにもなかったこともある。それでも訪問に関しての心構えを理解し、アーネムランドの土地を一度訪問してみたい人には、門戸を開いていくつもりだ。彼らに迷惑をかけず、むしろ訪問を心待ちにしてもらえるような関係を続けていければと願う。


*上記に使われている写真はグルウィウィ・ファミリーの許可を頂いて掲載しているものです。無断で複写、転載することはご遠慮ください。