REPORT FROM THE DESERT

〜アボリジニ居住区での日々〜


瀬川 叔子

第1章 アリス・スプリングス



私が、ノーザンテリトリー、アリス・スプリングスに着いたのは真冬の7月。大陸のど真ん中のこの町は、それまで暮らしていたメルボルンに比べてずっと暖かい。
冬でも日中の太陽は激しく照り付けるが、乾燥している分、日没後の冷え込みが結構厳しい。

 ここへ来るにあたって、多くの人の忠告を受けた。メルボルンの友人達は、
「日が暮れたら、外を出歩いちゃだめ。アボリジニ達におそわれるよ。」
「アリスでは人々がみんな銃を持ってる。殺されないよう気をつけて。」
「絶対に一人でバーには行かないこと!」
と、私の身を案じた。そう言う彼らは実際、アリスへ訪れたことは無いのだが、こうした偏見は、割と都市部の人々に多く見られるようだ。アボリジニの人々に対しても、好意を持たない人が多い。
 途中、観光に寄ったカンガルー島(南オーストラリア州)へ向かう船上では、老夫婦に出会った。彼らはアデレードで過ごした週末を終え、島へ帰るところだったが、私がこれからアリスへ行くことを話すと、二人揃って大笑いした。
「何だってあんな所に行きたいと思うの?気温50度にもなる地獄みたいなところだよ。」
特におばあさんの方は、しばらく笑いが止まらない様子だった。
 確かに映画「プリシラ」の中でも、何にもない「ド田舎」とされている小さな町だが、そんなことは構わない、私が求めるものは必ずここにあるのだ。
と、信じて疑わずに、私のアリス生活は幕を開けた。

  私の求めるもの、それはアボリジニ文化にあった。アボリジニの人々が創りだすペインティングをはじめとする芸術、そして彼らの生活文化に強く魅かれていた。それらについての資料や書物を見てもどうにも物足りない。オーストラリア人でさえ様々な偏見をもって捉えている。本当のことを知るためには、どうしてもここ、アリス・スプリングスへ来なければならなかったのだ。
 ここは彼らアボリジニの人々の神々の宿る土地であり、周囲に広がる居住区から人々が集まり、また出てゆくターミナル的存在でもある。ここで、アボリジニのひと本人から、本当のことを聞きたい、そして私の出来る何かを、彼らに還元したい。

  私は居住区で働く事に決めた。
とは言っても何かつてがある訳じゃない、全くゼロからの出発だ。
ユースホステルの泊り客、カフェの従業員、博物館の案内係、土産物屋のディジャリドゥー奏者、会う人をみんな相談相手にした。職業紹介所にも行ったが、結果は良くなかった。紹介された居住区の色々な機関に直接電話でお願いしても、
「わざわざ日本人を雇うほど、人手不足じゃない。」
「英会話だって完全じゃないのに、英語を話さないアボリジニの人達と、それでどうやってコミュニケーションとるの?」
といった返事が、かえってきた。確かに、日本を出てから3カ月、私の話す英語には難があった。
  思いのほか苦いスタートだ、本当に居住区へ行ける日が来るのだろうか。
エアーズロックへ旅立つご機嫌な観光客を横目に、一人寂しいホステル暮らしが続いた。アリスには長期滞在者は殆どいない、みな長くても1週間で去ってゆく。

 職業紹介所で話した、良く言えばマイケル・ダグラス似の職員が私を、ある男性に紹介してくれた。白髪混じりの40代のその白人男性はデイヴといい、とても優しい、碧い瞳をしていた。
 この人との出会いが私にとって、大きな転機となった。 
                  
 デイヴの奥さんはフルブラッドのアボリジニ女性で名前はベスという。彼女はアリスから300H北西に位置する居住区ユンドゥムの出身で、アリスに暮らしている。ユンドゥムでは、人々はワルピリ語を話す。アボリジニの人々の話す言語は大陸全体では400種類にも及ぶといわれるが、このワルピリ語はアリスに住むアボリジニの人々に比較的多く話される言語だ。日本語の発音に似ているらしく、私が真似するワルピリ語はデイヴのそれよりも、よりネイティヴに近いのだそうだ。
  二人は、ふだん英語で会話する。ベスの英語はじつに達者で、発音もとても美しい。
親切な彼らは私にとって、まさに砂漠の中のオアシス、「アリスの泉(Alice Springs)」の存在となっていた。私は彼らに姪として迎えられ、アボリジニのスキンネームを貰った。この日から、アボリジニの家族を持つ、ナパルジャリになったのだ。
  すべてのアボリジニはこのスキンネームによって繋がり、大陸全体でひとつの大家族をつくっている。スキンネームを持つ者は大陸じゅう何処へ行っても、決して独りぼっちになることはない、みんなが家族なのだ。

・・・そして私は、居住区で働く夢を持ち続けながら、生活のためにスーパーマーケットでアルバイトを始めた。いくつか返事待ちになっているコミュニティへの私の期待をよそに、季節は冬から春へと変わっていった。

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