土曜の朝、突然ドアをノックされる音で目を覚ます。今日も少女が3人、窓の外にやって来ている。前にも部屋に来たことのあるシンシア(12歳)が、アートセンターによく遊びに来るルシンダ(11歳)とナリー(10歳)の2人を連れて来た。皆、顔の知った子達だ。起き抜けの寝ぼけた顔で3人を迎え入れた。昨日のうちに大事なものはしまっておけばよかったと少し後悔。
ルシンダはとても機転の利く少女でお喋り好き。外国人のというものを何となく理解しているようで私に気を遣ってか、彼女達の話すアランダ語を英語に訳してくれる。美人のナリーは、何処となくクリスティーヌ・アニュ(トレス諸島出身の歌手)に似ているので、
「アイランダーの家族がいるの?」と訊くと、彼女の家族は正真正銘この土地の人間なのだという。
私が気になっていたのはシンシアで、彼女は台所の掃除を勝手に始めた。そしてこう言った。
その間ルシンダとナリーは冷蔵庫を開けている。彼女達は2つ並んだマンゴーを見つけ、
「食べてもいい?」
と訊く。その程度でケチケチするのも大人げないと思い、2人にマンゴーを切ってやる。果物類は町へ行く一週間後まで買えないので。実はとても貴重なのだが。
「紅茶はどこに置いてるの?」
何故かシンシアは私に紅茶を入れてくれた。しかもとびきりこちら風の、気持ち悪いほど甘いのを。話をする間も彼女達の好奇心は食物に限らず様々なものへとあちこち移って、こちらとしては神経質にならざるを得ない。誰かが何かを「欲しい」といえば、他の二人もそれに続く。
貴重な食糧は3人に色々と食べ尽くされてしまった。それでも「食べ物はまたお金を出せば買えるものだ、それよりも彼女達と過ごす時間の方が他に代えられない大切なもの。」と私は自分を慰めた。その考えが浅はかだと気付いたのは、もう少し経ってからのことだ。
上級生であるシンシアに、ある英文をアランダ語に直して書いて欲しいと頼んでみた。彼女は
「前は書けたけど今はもう書けない。」
と言う。皆勤で、成績優秀と表彰されたこともある彼女が出来ないというのだ。学校でアランダ語の筆記や英会話を教えているとはいえ、町と比べると大きな違いが有りそうだ。シンシアと同じく皆勤のナリーは下級生でありながら綴りもほぼ正しく英文を書ける。ルシンダはといえば、自分の氏名以外の英単語は殆ど書けない。会話はアランダ、英語共とても上手なのに、筆記は全くゼロに等しい。どうしたものか。
午後はルシンダが別の二人を連れてやって来た。サム(10歳)とアクアン(9歳)。皆、可愛い『子供達』だが、かえってそれが私は怖い。携帯電話、カメラ、眼鏡等を壊されはしないだろうかという不安。彼女達は部屋に在る物全て(ノートや財布までも)に興味を抱いて断り無く見る、クローゼットや引き出し、冷蔵庫を開ける...そしてとにかく何でも欲しがる。3人がそれぞれ別の行動を同時に取るので、とても手に負えない。
シャープペンシルを見たことが無いというのには少し驚いたが、使い方を教えてやると、
「魔法ね!」
と感動している。壊されないかと気にしていたのは携帯電話で、公衆電話しか利用したことが無い彼女達には携帯電話などはまるで未来のオモチャといったところ。
3人に連れられて丘の上の貯水タンクへ行った。彼女達はそのタンクの上面を滑り台代わりにして遊んでいる。なんて危険な。タンクの天辺でサムが
「ほら、あそこ、ダストが来る!」
と言う。
「ほら、西の方から来てるよ。ダストが来たら、その後決まって雨が降るんだよ。」
ダストとは一体何なのか。天気予報を自分で判断するのに慣れていない私には彼女達の言うことがピンと来ない。重たい雲が出ていれば、雨が降るくらいは分るが、実際空には青空さえ見えているのだ。
しだいに、遠く西の山々が乳白色に霞みだした。すると5分もしない内に強風が猛烈な勢いで砂煙を運んで来たのだ。ダストとはこの巨大な砂煙のことだった。ダストはぐんぐん近づいてくる。まるで絵本に出てくる「風の神様」が形となって、口を膨らまして近づいてくる感じだ。コミュニティの西側地区がダストの中に入った、とその直後、丘の上の私達も砂をたっぷり含んだ強風の中に居た。「神様」が私達を通り過ぎ、見上げると、東の空には何故か虹が出ている。
「大きなダストが来る前に戻ろう。」とサムの言うとおりに私達は丘を下った。
私には見えなかった自然の法則をいち早く見抜いた彼女達。これが自然の中で育つ子供達の力なのだと、すっかり感心してしまった。
乾ききった赤い砂漠には久しぶりの、長い雨が降った。(つづく)
このREPORT FROM THE DESERTに関するご意見・ご感想をyosh@pine.zero.ad.jpまでお寄せください。