REPORT FROM THE DESERT

〜アボリジニ居住区での日々〜


瀬川 叔子

第13章 呼べない名前



毎週金曜日は、地域新聞『ジンジャ・ポルタニュース』が無料で配布される。コミュニティ内の催事、学校及び果樹園からの情報...etc、はこの新聞によって知ることが出来る。アートセンターにも人数分だけをいつも誰かしらが、郵便局から受け取って来ている。
この週の新聞には、大学の休暇を利用して個人教師の仕事をしていた女性が、その期間を終えてコミュニティを去ったという記事が載っていた。その記事を目にした途端、作家の1人マリーが怒りだしてしまったのだ。

マリーの事を普段、『マリー』の名で呼ぶ者は殆どいない。というのも彼らの法の上では、死んだ者と同じ又は似た名前で呼び合うことは禁じられている。『マリー』と似た名前の女性が近年亡くなっている為、この地域では通常『クムンジェイ』という呼称を代用して呼び合う。ミセス・ウォルシュのファーストネームもこれにあたるので、名前で呼ぶことは出来ない。このように違った呼び方、またはあだ名などを使う事も多い。

『クムンジェイ』という言葉そのものには特に意味は無いのだという。『クムンジェイ』は男女ともに使われる名前で、物や場所に対しては『クムナ』という呼び方がある。

実はリーサルもその一人で、数カ月前『リサ』という名の少女が亡くなり、『リーサル』と響きが似ていることから人々は彼女を『クムンジェイ』と呼んでいる。私も此処では、彼女を『クムンジェイ』と呼ばなくてはならない。
実際他にもアートセンターに二人、ミセス・ウォルシュの家族に一人『クムンジェイ』がいるのだから、コミュニティ全体で一体どれだけ『クムンジェイ』が存在するのか想像できない。
フレッシュ(FRESH)は『新鮮で生き生きとした』ではなく、ときに『喪中』を意味する。コミュニティの東側地区には誰も踏み入れてはいけない場所がある。そこで人が亡くなってからはフレッシュプレイス(FRESH PLACE)と呼ばれ、ある期間をおいて喪が明けて初めて立ち入りを許される。「未だ立ち入るには時期が早すぎる、フレッシュだ」という使い方をする。

ソーリービジネス(Sorry Business)とはアボリジニの人々にとって葬式に当たる儀礼であり、それを行う場所がソーリーキャンプ(Sorry Camp)。私は勿論リーサルもこの儀式を見た経験は無い。身内の者以外は見てはならない、というのが決まりである。
サンタテレザの人々が行くソーリーキャンプはコミュニティの中心から6km離れた所。周りを木々に囲まれた40m四方ほどの開けた土地で、日本でいう葬儀場の役割を果たす。 
遺族一同ここへ集まり葬儀を行う、それが済むと皆家に戻って家の中いっぱいに『清める』意味で煙を焚く。そして、故人の写真、遺留品を全て処分し、その後一切その人の名前は使用しない、話題にもしないのだという。
 今でさえ人々は写真に対してそれ程抵抗感を持たなくなったが、かつては写真に残る事を一種恐れる風潮もあったという。しかし人の死に関る儀式や決まり事は変わっておらず、非常に厳しい意識を皆が持っている。故人の写真の載った本、雑誌等は廃棄、または写真部分を真っ黒に塗り潰したりする。彼らにとってこの決まりを守ることは、信仰心から来る恐怖と祖先に対する敬意の表れなのだろう。

  とはいえ、ミッションとして育ち、住民の殆どにカソリック教信者を持つサンタテレザでは、アランダの人々は伝統的なソーリービジネスを終えた後、遺体をキリスト教の共同墓地へ埋める。日曜の教会のミサには出席するが、ドリーミングをより強く信じている。この辺りの宗教の捉え方は、いまいち理解に苦しむところだ。                        

マリー....クムンジェイは、いつもの明るい、気さくな雰囲気とは一変して、厳しい表情でリーサルに文句を云った。つまり、彼女が立腹した理由とはこうだ。
 例の大学生の名前は『リサ』と言い、リーサルと同様人々は彼女を『リリー』とあだ名で呼んでいた、にも関わらずこの新聞には堂々と『リサ』という名前で載ってしまったのだ。
発行元のウーマンズセンターで、この新聞を書いているのは白人ミリアムだ。彼女はもう20年も此処に暮らしているというのに、アランダの人々のこの習慣をうっかり忘れてしまっていたのだろうか。
クムンジェイのこのミスに対する怒りはなかなか治まらず、その行動の速かったこと!
まず彼女はアートセンターに持ち込まれた新聞一枚一枚、例の名前部分をペンで全て塗り潰した。
次にウーマンズセンターに抗議の電話を入れた。
そして、仕事をせずに家に帰ってしまった。
他のアーティスト達は一言も口を出さず、見守っているだけだ。
私は、ただただクムンジェイの、そしてアランダの人々の法に対する意識に改めて気づかされ、その強さに驚いてしまった。 (つづく)


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