コミュニティから15H程のアランビというキャトルステーションを通った。牛や馬の足跡が残る道は深い砂で埋めつくされ、普通車で進むのは恐らく危険だ。
その赤い砂漠の中にたった1件、大きな家が建っている。4匹の飼い犬がよそ者の私に向かって吠えていた。周りにはこの家以外何も建物が見えない。キャトルステーションを管理する家族がここに暮らしているという。
見渡す限りの枯れた平地と雄大な山々が夏の陽射しに映えていた。
リーサルの小型4WDを借りて行ったドライブの話を私はミセス・ウォルシュにしていた。
「私はとてもあそこには住めないな。だって此処みたいに沢山人が居る訳じゃ無いし凄く孤独だと思う。」
「私達、昔あそこに住んでたのよ。」
「寂しくなかった?」
「全然。ブッシュに居るときは寂しさなんて感じないの。だってブッシュは私達の母だから。私達に食べ物を、全てを与えてくれる母の傍に居るのだから、寂しくなんか無いのよ。」
彼女の言葉は私に、私達全てが地球を母として生まれてきている事を思いださせてくれた。
彼女は私の知らない、大自然の中で生きる命の在り方を知っている。
アートセンターの昼休みは、皆が昼食を取りに自宅へ帰る。ミセス・ウォルシュと私は話をしていてセンターを出るのが最後になってしまった。
この時の話題はアボリジニの人々が古来から食物としているブッシュフード、それもブッシュバナナ。私はキャンプツアーに参加してブッシュトマトを食べた事はあるが未だブッシュバナナは本物を目にしたことさえなかった。
「すぐそこにあるわよ。今行ってみようか。」
と彼女が言う。私の心は踊った。
センターから歩いて1分足らずの丘の麓に有るという。私達は昼御飯そっちのけで探した。
アカシア科はじめ様々な植物が生えているが一体どれがブッシュバナナなのか。唯一手掛かりは「バナナに似ている為この英語名が付いた」ということ。
「無いわねぇ。以前は沢山有ったのに暑さのせいでみんな枯れちゃったみたいね。」
探し始めて10分ほど過ぎた。たとえ10分でも気温45度の真夏、太陽の真下に居るのは結構こたえる。
「あった!」
とミセス・ウォルシュ。彼女が示した木には幾つもの実が成っていた。期待を裏切る「バナナに似ていない濃い緑色の実」である。足場の悪い位置にあったので彼女が指示、私が採りにあたった。
私達はリーサルにもお土産にと多めに採った。
ブッシュバナナを両手にリーサルの部屋を訪ねたが、食事の支度をしていたリーサルは余り私達のお土産を気に入らないらしく、食べようとしない。彼女はアボリジニ文化を尊敬、尊重はしているが、この味はどうも苦手だと言う。
うぶ毛に包まれた緑色の皮を縦半分に割り、中の繊維質の部分を食べる。言うならアルファルファの青臭さと胡瓜の瑞々しさにほのかな甘味を足したような味だ。なかなか悪くない、私にとっては。
名前からは果物らしい味を想像するが、ミセス・ウォルシュ曰くこれは「野菜」なのだそうだ。
空一面がオレンジ色に輝く夕暮れ、私は一人の女性に出会った。
公衆電話に寄った帰り、石段に腰掛けているその女性と目が合い、軽く挨拶して彼女の隣へ腰を下ろした。
近くには、くりくりした愛らしい子供達が走り回っている。
彼女は私のことを噂に聞いて知っていたと言い、とても親しげに(他の女性達の様
に物怖じすることもなく)、極く自然に接してくれた。
名前はジャネット。3人の幼い子を持ち、夫は現在刑務所に居て服役中。夫の犯罪についての質問は控えたが、やはりアルコールが原因のようだった。彼女は毎週町へ面会へ行っているという。
彼女の英語は非常に聞き易く確かで、他の女性達との時よりずっとスムーズに会話が進んだ。しかも彼女が私と同じ25歳という共通点を互いに喜び、親近感が湧いてしまったのだ。
日本からオーストラリアへ来るのにかかる費用は、日本の物価は、などを彼女は訊いてきた。
日本の物価は全体に高く、交通費もオーストラリアに比べて多くかかると答えると、彼女は財布から1枚のカードを取りだして見せた。
それはペンションと呼ばれる割引制度を示したもので、このカードがあれば国内の交通機関、宿泊施設を通常のほぼ半額で利用できるのだ。本人の名前と写真入りで他人は使用できない。とても羨ましいカードなのだが、これを所有できるのはアボリジニの人、トレス島嶼の人、老人、身体障害者に限られている。
大陸を移動中に、アボリジニの人々がロードハウス(日本でいうドライブイン)から大勢乗り込んでくるのを暫し目にするが、彼らは皆このペンション制度を利用して安価でバスを利用していた訳だ。
彼女との時間は楽しかった。彼女は別れ際、子供達に分け与える筈のビスケットを私にくれた。また会いたい、こうして話せたらいい、と私は願った。
同じ年に、彼女は南半球のこの砂漠で生を受け、私は北半球に生まれた。肌の色、生きてきた環境は全く違うが何か不思議と共通したもの感じたのだ(本当は何も違わないのかもしれない、同じ人間なのだから)。
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