REPORT FROM THE DESERT

〜アボリジニ居住区での日々〜


瀬川 叔子

第4章 サンタテレザへ



 待っていた返事は、突然やって来た。行きつけのカフェに、偶然に彼女が現れたのだ。
彼女はリーサルというメルボルン出身の白人女性で、私が入所を申請している居住区サンタテレザに暮らし、居住区内のアートセンターで管理者として働いている。カフェの従業員を通して私の話を聞いていたらしく、初対面にも関らず迷うことなく私に声をかけてきた。
 彼女の助手として働くことが決まり、出発はその2週間後となった。
 サンタテレザへは当然ながら公共の交通機関が無い。私はリーサルの白い4WDが迎えに来るのを、約束の場所で待っていた。
 彼女の車にアリス・スプリングスで増えてしまった箱いっぱいの荷物を積む。私の現在の生活道具は、調味料、缶詰等の食料品、46Pのバックパック、厚手の上着2着、寝袋、これにスーパーマーケットで調達した野菜や肉、トイレットペーパーなどが加わった。とりあえず10日分の食糧を想定して50ドルの買物をし、不足分は居住区内のショップをあてにすることにした。
「ショップには生野菜も一応あるけど、値段が高いし、他の物も出来合いばかりだから、ここで買っていった方がいいわよ。」
と、リーサルは言った。
 本当に何があって、無いのか見当がつかない。これ迄にも他の居住区へ訪れた事はあったが、そこで生活するとなると話は別である。自分が、彼らの常識と生活様式の中へ入ってゆくことに戸惑いもある。しかし何より、尊敬し、魅力を感じている彼らの文化に直接関ることの出来るこの幸運に、私の心は踊っていた。
 
 町から80H南東へまっすぐ、砂煙を巻き上げて走る。赤い赤い砂の道である。居住区への境界を越え、コミュニティに近づいてきたころ、リーサルが私に訊ねた。
「あなた、お酒は飲むほう?」
酒好きの多いオーストラリアのこと、これは誘いに違いないと思った私は
「それほど強くないけどね。」と答えた。
「持ってきてる?」
とリーサル。そういえば、以前キャンプに持っていって飲みきれず、ずっと冷蔵庫にしまっていた「TWO DOGS」というカクテルを一緒に積んできていた。「YES」と答えた私にリーサルは困った表情を見せた。
「アボリジニの居住区では飲酒は禁止されているから、一切酒類を持ち込むことは出来ないの。居住区へ入る手前で捨てる人も多いけど・・・。来る前に言っておけばよかったのよね。私は自分が全くお酒を飲まないから、つい、忘れてたわ。」
    何という失態!私は、知っていた筈だったのに。ユンドゥムでも大勢のパトロールを目にしていたし、アボリジニの人々が周辺の居住区から町へ飲酒を目的に集まる例が多いことも熟知していたのに。荷造りの時、そのことに頭がまわらなかったのだ。
リーサルは「隠すよりも規則は規則として守りたい」と、正直に警察官に申し出るよう勧めた。
 
 平屋建てのカラフルな家々が数メートルおきに見えてきた。中心部へ続く道路へ入ってまず見えるのは、突き当たりに建つ真っ白い教会。その後ろの小高い丘の上には巨大な十字架があり、約600人が暮らし、ミッションとしてその歴史を起源とするサンタテレザの象徴となっている。
コミュニティの行政機関として機能しているのがカウンシル・オフィス。タスマニアから来て6週間ここで働く白人男性ロドニーが、住宅、電気料金、来訪者に関する諸問題を引き受けている。

 リーサルについてそのオフィスへ行き、先ずは挨拶、そして部屋の鍵を受け取る。私に用意された部屋は3号室。5部屋並んだ棟の真ん中の部屋である。実はこの位置、なかなか恵まれている、というのも日中は気温45度を超える中央オーストラリアの初夏、壁面に直射日光が当たるか当たらないかで室内の涼しさに差が生じるのだ。

 宿泊施設は思いのほか清潔だ。一泊10ドルの安宿の汚さを想像していた私には贅沢なくらい。ツインルームで、冷蔵庫も大きく、まともに働くのに加えて、相当旧式で騒音がひどいものの、一応クーラーまで付いている。これで家賃が週40ドルとは良心的。有難い。
 この棟はテンポラリーフラット(Temporary Flat)といい、短期滞在者向けの施設で、主として応診にやって来る医者、ボランティア、学校関係者等が2〜3日、長くても数週間ほどの滞在に利用する。リーサルが住む棟は、パーマネントフラット(Permanent Flat)、教員、看護婦など、長期滞在者が利用している。                                 私が部屋で新しい生活の準備をしている間、リーサルは例の報告をしに派出所へ行っていた。帰って来て彼女が私に告げた。
 「フィリップがあなたの事を凄く怪しんでいて、まだ他にも酒類を持っているだろうから、荷物を全部見せろって言ってるの。」
 フィリップというのが、たった一人でコミュニティの平和を守る警察官なのだ。
 「あなたに伝えるのを忘れた私の責任だから、下手をすると職を失うかもしれない。」
と言う彼女の事が心配になった。私が持ち込んでしまったものは実は一つでは無い。料理用に常備している日本酒が荷物の中に残っていたのだ。町で20ドルで買ったもので、味そのものは『飲める』代物ではないが料理には欠かせない。
しかし、たとえ「飲まない」とは言っても酒にはかわりない・・。もしフィリップがこれを見つけたら、一体どうなってしまうのだろうか。

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