*grog=アルコール類を指す俗語
警官フィリップが到着する前にと、リーサルに日本酒の瓶を見せ、事実を話す。
彼女曰く『調味料としてのアルコールでもワイン醸造酢の様に飲む事が出来ないものなら持ち込み可。しかし日本酒は、飲料でもあるから問題。たとえフィリップがこれを見てSAKEが何か分からないとしても、彼はこの瓶をアリス・スプリングスの警察署へ持って行く、そこでSAKEがアルコールだと気付かれる事は間違いない。そうなってしまっては大問題』だそうだ。
リーサルの隣の棟に住む小学校教師の白人女性アンジーを訪ね、一緒に対策を練って貰うことにした。が、そんな間もなく、外にはフィリップの4WDのパトロールカーが、赤と青のライトを煌々と照らしやって来ていた。
部屋の中へフィリップを入れ、バックパックの中身を全て床に散らかし、ぬきうち持ち物検査である。大きな体に大きな目、180センチ程の身長に加えて制服がはち切れんばかりの大きなお腹。混じり気無しの純血のアボリジニであろうその顔は、真っ黒い瞳をぎらぎらさせて私を脅すように睨んでいた。迫力満点である(例の日本酒はその頃、アンジーの部屋のトイレのゴミ箱の中に隠れていた)。
・・結局彼は、私の荷物の中にそれ以上酒類を見つける事ができず、一本のTWO DOGSを取り上げるのみに終ったが、その直後、彼とリーサルの口論が始まってしまった。
リーサルは、『あなたは知らなかった、気付かなかったのだから何も悪くない、大丈夫』と怯えている私を励ます。フィリップはプライドが高いらしく、自分の警察官としての威厳を守ろうと意地になっているような態度で、しきりに彼女を否定した。
「断固としてアリス・スプリングス警察に届け出る!」
「こうして部屋へ入って持ち物検査までして、もう充分の筈だわ。正直に自ら申告しているこちら側は何も悪くない。」
リーサルはくい下がる。逞しい女性だ。
フィリップは私の名前のつづりを不審そうに二度訊き、メモを取った。
私は『憧れの土地に着いて初日にして、しかも異国でこんな風に犯罪者になってしまうなんて』と、来る前には予想だにしなかった種の不安でいっぱいになっていた。結課は明日に先送り。今夜のところはひとまず、と彼は帰っていった。
さて次は証拠隠滅。アンジーが日本酒をトイレに流し、瓶の方は粉々に、という案に落ち着いた。
サヨヲナラ、SAKE。
一日の終りにリーサルから忠告をうけた。
「昼夜関わらず、一人では出歩かないよう気をつけて。」
アボリジニの人々の生まれ育った母なる土地に、見知らぬ人物が歩いている光景は、彼らにとって非常に奇妙であり、当然彼らは不審感を抱くだろう。それは良くない事と同時に私にとって安全とも言い切れない。暫くの間は彼女と伴に行動し、周囲が私の存在を知った後でなら問題は無い、と言う訳だ。
夜10時を過ぎた頃、地元のアマチュアバンドの演奏が、窓の外から聴こえてきた。毎週火曜の夜にはサンタテレザで一番人気の、というより唯一のロックバンド、その名も『サンタテレザボーイズ』がコンサートを開いている。古めかしい名前を持つこのバンド、演奏しているのは『ザ・ベンチャーズ』の曲と、近ごろ『ヨス・インディ』に次いで人気のアボリジナル・ロックバンド『ワランピ・バンド』の曲ばかりだ。
「まァ、少しずつ良くなってきてるけどね。」と、リーサル。私は伝統楽器ディジャリドゥーの音色の方が、よっぽど魅力的だと思うのだけれど。これも白人文化がもたらした変化、もしくは破壊の一つのかたちなのかもしれない。
町から離れたこの地域で受信できるラジオ局はカーマ(CAAMA/Central Australian Aboriginal
Media Association)という協会が持つ『カーマFM』一つだけ。カーマはラジオ局の他CD、カセット等の音楽ソフト製造及び販売、新人ミュージシャンの発掘、プロデュース業に加え、ギャラリー、土産物店等も運営しており、アボリジニの人々による、商業ベースを含めた音楽活動を広く支援している。
カーマFMから流れてくるのは始終シンプルなオーストラリアン・カントリーミュージックや80年代のアメリカンロック、こちらで人気のアボリジナル・ロックなど。アボリジナル・ロックの先駆け的存在であるバンド、ヨス・インディが国外でも知られる様になった近年、それに続けとばかりに新しいバンドが続々登場してきている。
現在アボリジニのミュージシャンにとってデビューへの道のりは、そう遠くは無さそうである。それを取り囲む環境が、整っているのだから。
このサンタテレザボーイズも、いつか有名になる日が来るのかもしれない...。
やや頼りないエレキギターの音を遠くに聴きながら、私は眠りについた。居住区での第1日目、妙な充実感と不安に満ちた幕開けだが、とりあえずこのベッド、寝心地は悪くない。
このREPORT FROM THE DESERTに関するご意見・ご感想をyosh@pine.zero.ad.jpまでお寄せください。