REPORT FROM THE DESERT

〜アボリジニ居住区での日々〜


瀬川 叔子

第8章 アボリジナル・アート・ジュニアの部



小学校から教師アンナが子供達を連れてきた。中高学年の男女16名が、アートセンターで制作される作品とその現場を見に、いわば社会見学にやって来た。初めて直接触れる制作作業に皆興奮気味である。
 
 男子生徒の中には、アジア人である私の存在と、私の持っていたカメラに興味津々で強引にカメラの前に立ってはポーズをとったり、ピースサインをしたりという落ち着きの無い者も有り。彼らは相手の注意を引くのに『Excuse me』を頻繁に使う。小さな子供がそう言うのは妙に丁寧に聞こえ、不自然で可笑しい。
『Excuse me,take photo!』といった具合。写真に対する抵抗感は全く無い、というより撮られることが相当好きなようだ。逆に女子は比較的皆大人しく、先生の話を聞いている。自分の小学生時代と殆ど同じ眺めだと思った。

まずアンナが生徒全員をミセス・ウォルシュの周りに集め、制作中のシルクペインティングを皆に見せる。子供達は、人々に昔から伝わるドリーミング(精霊)が沢山詰まった彼女の作品を囲み、説明を聞く。どの形が火、水、人を表しているか等の質問を子供達に投げ掛けるが、殆ど全員がそれら基本的なシンボルは自然と理解しているらしく、即、答えが返ってくる。

 アンナが子供達に聞いた。
「みんなも、描いてみたい?」
      「イエー!」
 元気のいい一つ返事で決まった。
 リーサルは各自が小型の木枠を用いるシルクペインティング制作を提案したが、ミセス・ウォルシュは大きな一枚を全員で描いてはどうかと言った。私もそれに賛成である。
 かくして大騒ぎの制作が始まり、ミセス・ウォルシュが画材の使い方の説明も兼ね手本を描き、次に学級委員的存在の少女シンシアが画面中心から「人」を表す形(アルファベットのUに似たシンボル)を描いた。 なかなか悪くない。次々に画材を手にして描いてゆく。エミュの足跡、花、人、泉と色々ありの大作である。周りの誰が指示した訳でもないのに、アボリジニ絵画によく描かれるこれらの象徴を取り入れられている所が興味深い。彼らにとってアート=アボリジニ絵画、という式が自然と成り立っているのかもしれない。

 昼食後に再び子供達がやってきて、引き続き制作に打ち込む。午前中は私を構っていた少年達も、午後は私が資料整理をしていた為、大人しく作業に励んでいた。

 シルクペインティング制作の効果的表現の一つに、塩を用いる方法がある。染料で彩色した部分が乾く前に塩を乗せておくと塩の周りに色味が集まり、筆では出せない微妙な変化が生まれる。
          子供達はミセス・ウォルシュの注意を聞くより制作そのものに夢中で、彩色した部分のみならずどこでも構わず塩を乗せてしまう。
ともあれ、出来上がりは素晴らしい全員の感性の結晶となった。みんなで一つのものを創るのは、素敵なことだ。

 午後2時を過ぎ、子供達が学校に戻る時間となった。作業室を出る前にアンナは皆を一列に並ばせた。アンナの後について全員揃ってのご挨拶である。
「皆さん今日はどうもありがとう。私達はとても感謝しています。」
うち数人は要らない言葉までアンナの後について復唱している。

アンナ「そこ、ちゃんと言いなさい!」
子供達「そこ、ちゃんと言いなさい!クスッ。」

 アンナは『Thank you』をしつこいほど習わせる。もともとアボリジニの人々の生活に相手に感謝の意を伝える習慣は無く、彼らの言語に『ありがとう』、『Thank you』に相当するものは存在しない。勿論全てのものを平等に分かち合ってきた彼らの文化には人に何かをあげる、何かを貰って嬉しい、という考え方が無い。それは「当然」で相手に感謝すべきことではないのだ。
 今日、生活は白人様式に変化したとはいえ、この考え方はいまだ根強く残っており、大人も子供も礼を言わないのが普通である。これには私もしばし戸惑う。日本人の感覚では何かを相手にしてあげたとき、『ありがとう』は必ず返ってくるものだが、その常識が彼らの間には無いのだ。別に見返りを期待する訳ではないが、変に何かもの足りない、寂しさと軽い憤りを感じてしまう。
 
 アンナもアボリジニの女性だが、恐らくこれに問題を感じ、白人文化の混在する現代そして未来を生きてゆく子供達には『Thank you』と口に出して相手に言うこと、『Thank you』と感じる気持ちの習慣づけが必要と考えているのだろう。
しかし実際子供たちは、家に帰ると『Thank you』の無い生活に戻る。彼らの親、そして家庭にはまだそれが存在しないからだ。 彼らが『Thank you very much』まで言うにはまだまだ時間がかかりそうである。(つづく)


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