はじめまして。僕はオーストラリアの大学でアボリジニの文化と歴史を勉強している学生です。今回からドリーム・タイムズにコラムを書かせてもらうになりました。普段は謹厳実直な学術研究者をめざしているのですが、「学問」というのはじつに肩がこるものでして、要するにくたびれるんですね。そこで、ここでは気ままにアボリジニ・トークをしたいと思っています。
僕は、ノーザンテリトリーにあるダグラグという村に住む、グリンジと呼ばれるアボリジニの人々と1996年以来、個人的なつきあいを続けています、が、今回はその話はあまりしません。というのも、忘れないうちに、先日東京で行われた、TOKYO DIDGE LIVE Vol.5.の感想を書きたいのです。――びっくりしました。本当にライブができるほど日本にディジュリデュのファンがいるのかなぁ、と思っていたのですが、出かけていったら会場は超満員。しかも今回は宣伝も少なく、普段はもっとたくさんの人がつめかけるというではありませんか!いったい皆さんどこでアボリジニの民族楽器のディジュリデュを知ったのでしょう?まさか、ものごころついた頃から、ディジュリデュとともに育ったわけではないでしょうに・・・。
ついそういうことを気にしてしまうんです。というのも、オーストラリアでアボリジニ研究をしていると、「どこでアボリジニを知ったの?」とか「何で日本人なのにアボリジニの研究を?」とか、しょっちゅう聞かれるんですよ。皆さんは、考えたことありますか?自分がなぜディジュリデュに惹かれるのか?なぜ、アボリジニに関心をもったのか?もちろん、それには皆さん一人ひとりが個人的なストーリーをもっているだろうし、僕にもあります。でもね、よくよく考えてみると、アボリジニやディジュリデュに出会った「きっかけ」なんて偶然でしょう?僕らが思い当たる「理由」なんて、出会いの偶然さの前にはホント無力なんです。だから、正直に認めちゃったほうがいい――僕ら日本人の多くにとって、アボリジニとの出会いは偶然にすぎないんです。
というわけで、グリンジの長老に「お前は、なぜここにやってきたのか知ってるのかい?」と聞かれたときに、僕は正直に答えたんです。
「いやー、それがよくわからないんですよー。」
すると、いつもアボリジニの「法」や歴史を教わっていた、ジミー・マンガヤリという村の最長老は、僕にこう言いました。
「大地がお前をここに呼んだんだよ。」
僕はびっくりして、聞き返しました。「でも、僕なんにも聞こえなかったけど・・・?」すると、彼の答はこうです。「あぁ、だから大地がお前をここに連れてきたんだ。お前の頭はまだ眠ってるんだよ。だから訓練して目覚めさせなくちゃいかん。そのためにお前はここまでやって来たんだ。」
謹厳実直な学術研究者をめざしている僕は、この話を聞いて驚き、戸惑い、しかし嬉しくも思い、とはいえ今だに消化不良のまま。なにが「偶然」でなにが「必然」かなんて、文化がちがえば自然と違ってくるんです。グリンジの長老の話を真剣に引き受けようとすればするほど、僕はこの異文化という厚い壁に頭をたたきつけているような気分になります。だから、大勢の日本人が、東京という大都会でディジュリデュを求めて集まってくるという不思議な光景をみたとき、僕はそこにいるすべての人にこう聞きたかったんです。
大地があなたにディジュリデュを吹かせているとしたら?
大地があなたにディジュリデュを聴かせているとしたら?
あなたが、ディジュリデュを単なる楽器として演奏することも、鑑賞することも、もちろんあなたの自由です。しかしその一方で、あなた自身は気づいていないところで、大地があなたという媒体を利用して、日本でディジュリデュを演奏している、と考えることもまた自由であるはずですよね。僕が、グリンジの長老たちから学んだ、世界の見かたというのはそういうものでした。僕らは、僕らが望むと望まないとにかかわらず、大地に対して責任があるし、大地も僕らの存在に対して責任を引き受けているんです。
あなたが、アボリジニの文化を「彼らの文化」としてだけみている限り、ディジュリデュはあなたにとって単なる楽器です。でも、もしあなたが、アボリジニの文化を部分的にでも共有したいと真剣に考えるとき、もはやあなたの意志とか、個人的理由のようなものは、大地にお返ししたほうがいいのかもしれません。だからここが入り口です。
―――アボリジニの世界へようこそ。