ドリームタイムズの11号の巻頭で、アボリジニの居住区に入ってみたいという日本人がたくさんいるということを知り、「へー、そうなの?」とちょっとびっくりしてしまった。どうしてアボリジニの村に入ってみたいんでしょう?好奇心?なにか面白い出会いがありそう?アボリジニから「何か」を学びたい?アボリジニの世界を体験してみたい?というわけで、今回のテーマは、なぜアボリジニと暮らすのか、どうやって村に入るのか、です。
まず最初にバッドニュースから。はっきりさせておきたいのは、アボリジニの村は「観光地」ではない、だからあなたは「観光客」になるわけにはいかない、ということ。興味本位で、アボリジニの生活をちょとのぞいてみたい、という「のぞき根性」は、むちゃくちゃ失礼なのでやめましょう。
アボリジニのコミュニティーに入るには、入村許可が必要です。そこでは、なぜあなたがアボリジニの村を訪問したいのか?村に知りあいはいるのか?いつからいつまで滞在を希望しているのか?村まではどのような道のりでくるのか?などを書類に書いて申請します。この申請書をアボリジナル・ランドカウンシルという、アボリジニの土地権を管理している機関に提出して、許可が下りるのを待つのです。ここで厄介なのが、ランドカウンシルは、入村許可を出すための条件として、しばしば村からの招待状を要求してきます。そして、アボリジニの村は、よほどのことがない限り、見ず知らずのよそ者に、招待状なんか書くことはない…
というわけで、いきなりどんづまりにぶちあたるわけです。
招待状をもらうためには、招待状を書いてもらえるくらいしっかりした「訪問の理由」が必要になります。だから、アボリジニのコミュニティーで暮らしてみたい、と考えている人は、ぜひ真剣に、どうして自分はアボリジニと暮らしてみたいのかを考えてほしいのです。繰り返すけど、「興味本位」なだけだったら、観光業になっているアボリジニ文化体験ツアーがお勧めです。これなら、遠慮なく「興味本位」でOKなわけですから。さらに付け加えると、僕らにとって、アボリジニの村で暮らすことは、確かに面白い体験だし、様々なメリットがあるかもしれない。でも、アボリジニの人達があなたを村に受け入れることのメリットって何なのでしょうね?それがちゃんと説明できないと、許可をもらうのは難しいかもしれない。
とはいえ、グッドニュースもあります。要するにアボリジニと友達になればいいんです。入村許可が必要な、遠く離れたコミュニティーにいきなり入ることはできなくても、誰もが訪ねることのできる普通の町に暮らしているアボリジニの人たちもたくさんいます。彼らとじっくり時間をかけて友達になって、一緒に彼・彼女の故郷に遊びに行くのだったら、入村許可も難しくないでしょう。結局、嫌がられているのは、ハッキリした目的もないよそ者が、コネもないのに勝手にやってきて、数日滞在して、アボリジニと暮らした「証拠写真」を撮って、そのくせ二度と現れない、といった非礼・野蛮行為なのです。これって、彼らの立場に立ってみたら、当然ですよね。
ここでは、僕が準備した申請書の具体的な内容はヒミツにさせていただきますが、結果だけ報告すると、1996年に10個所のコミュニティーに入村申請して、7か所に無視され、2か所に断られ、唯一グリンジのカントリーから入村許可が下りました。許可が下りた時のそりゃ嬉しかったこと…。
当時、車の免許を持っていなかった僕は、ホンダNX650をブイブイいわせて、グリンジの村に向かいました。ダーウィンから約800km。暑い暑い。。。僕はバイクの免許は持っていたけど、ツーリングを目的にオーストラリアの荒野(アウトバック)にやってくる世界のバイカーさん達とは、バイクに対する思い入れもテクニックもぜんぜん違う。だから、オーストラリアの内陸を走っていると、キャンプ場などでよく「ツーリングですか?」と聞かれ、そんな時つい真面目に「いいえ、必要にせまられてバイク乗ってるだけなんですー。」なんて答えて相手を混乱させてしまっていた。「は?必要ってこの砂漠にですか??」心配して、メンテナンスやドライビングテクニックをいろいろ教えてくれる親切な人にもずいぶん会いました。途中でエリマキトカゲをひきそうになったり、牛やカンガルーにひかれそうになったりしながら、必死のツーリング。頭の中では、村に着いたときに何と言って自己紹介しようとか、英語通じなかったらどうしようとか、ショウモナイ心配事が次々浮かぶ。果ては、人種差別されたらどうしよう?なんて、妄想が頭をよぎっていく。今にして思えば、緊張と暑さと長時間のツーリングで、かなり意識がもうろうとしていた、というか、頭がおかしくなっていたんだろう。
こうして、僕が初めてグリンジのカントリー(土地)に到着したのが1997年の1月10日。ちなみに僕が最初に言った言葉は「ハロー」でした。そしたらグリンジの人達も「ハロー」と言ってくれました。あっはっはー。
それ以降、なるべく毎年村に遊びに行くようにしています。ずっとつきあっていきたい、そう思える教師や友人にたくさん出会えたので。