ほかりみのるのアボリジニの世界へようこそ!

第5回 カル・ドリーミングの恐怖

ダグラグの村で暮らしていたある晩、僕は不思議な夢を見ました。二匹のヘビが、互いに絡まりあうようにダンスを踊っている夢です。それは、確かにヘビでしたが、人が何人もつながってできた列のようにも見えました。僕は、その二匹のヘビのうち、一匹が男でもう一匹が女であることがはっきりと分かっていました。そして、女性のヘビは赤ん坊を抱えていたのです。ヘビの夢なんかあんまりみたことなかったので、これはグリンジのカントリーに宿るドリーミングと関係あるのかな?と思って、グリンジの長老達に夢の内容を話し、彼らの意見を聞きいてみることにしました。

夢の内容を詳しく説明すると、誰の答もみんな同じでした。
「あぁ。お前、じきに子供ができるよ。」
それは、カル・ドリーミングだったのです。「カル」とはグリンジ語で子供のこと。ダグラグは、カル・ドリーミングが宿る丘のすぐ近くに集落があります。僕がしばらく住んでいたキャンプ地から、この丘はすぐ目と鼻の先。長老達の説明によれば、ダグラグに子供がたくさんいるのは(本当にたくさんいる)、このカル・ドリーミングのおかげなのです。彼らは、カル・ドリーミングの精霊が僕についたといい、ナントこのドリーミングは日本まで僕についてくるというではないですか!
「子供ができたら、ここに連れてくるといいよ。」
と、どこまでも平和で親切な老人達。その一方で、まだまだ独身でいたいと思っている僕は、イロンナコトに頭をめぐらして ― ちょっとそれ、ジョオダンでしょう?俺まだ子供なんて欲しくないぜー。自分の世話もままならないのに、子供の世話ができるわけがない。

というわけで、これからは、いつもコンドームを持ち歩こう。そう、堅く決心したのであります。でもこの先、もしかして子供つくったら、このカル・ドリーミングのことを思いだしてしまいそう。そう思えるくらい、ドリーミングというのはアボリジニのカントリーではリアルなのです。将来、このドリーミングにちなんだ名前を子供につけたりして。「ほかりかる」とか・・・

まぁ、それはいいとして。
ドリーミングあるいはドリーム・タイムって結局何なんでしょうね?この連載でも、これまでほんの少し触れても、詳しくは立ち入らないできました。「ドリーム・タイムって何なんですか?」と日本人だけでなく、オーストラリア人にもよく聞かれます。そんな時、僕はつい「まったくこっちの気も知らないで…」とブツクサしてしまう。それぐらい複雑で難しい問題だってことです。世界の大学者さん達が、100年くらい議論してるのに、今だにどうもよく分からんのです。アボリジニの人達だって、地域や人によっていろいろに異なる説明をします。

だから、アボリジニでもなく、まるっきり大学者でもない僕が、この難問を気ままなアボリジニ・トークで説明するのは、どうせ無理なんです。とにかく「ドリーミング概論」をやろうとすると、どうしても学問的で難解な言葉を使って意味不明な抽象論をするはめになってしまいそうなので、それはなるべく避けたい。そのかわり、カル・ドリーミングみたいな具体例を少しずつ積み重ねていって、僕がグリンジの長老や文献から学んだドリーミングの世界を皆さんに少しずつ説明していこうと思っています。このドリームタイムズで翻訳を連載しているデボラ・ローズ著「アボリジニ文化とエコロジー」も参考にしてみてください。

ところで、僕は「ドリーム・タイム」という言葉は使いません。いつも「ドリーミング」と呼んでいます。この呼称をめぐっても、いろいろな議論があります。ちなみに、グリンジの人達はというと、ドリーム・タイムとも、ドリーミングともいいます。グリンジ語では「ガランガニ」、ウルル(エアーズロック)を聖地にもつ、ピチャンチャチャラの人々の言葉では「チュクルパ」。地域によって名称はそれぞれ違います。なぜ僕がドリーム・タイムという訳語に反対なのかというと、ドリーミングは絶対に「タイム(時間・時代)」ではないからです。ドリーミングは神話的物語ですが、僕らが普通イメージする(例えばヤマタノオロチやイカロスといった)神話と違って、「大昔に起こった神々の時代のできごと」ということでもないのです。ドリーミングは、確かに大昔に起こったのだけど、それは今この瞬間も起こりつづけている物語です。だから、ドリーム・「タイム」という、特定の時間も時代も存在しません。ドリーミングは、「いつもある」としか表現しようがない、太古の昔から、今この瞬間も絶え間なくつづいている物語なのです。

じゃあなんで、例えばグリンジの人達が「ドリーム・タイム」と言ったりするのかというと、それは彼らが話す英語が、じつは、僕らが学校で習う英語ではなく、アボリジナル・クリオール(あるいは、ピジン・イングリッシュ)だからです。グリンジや、その他ノーザン・テリトリーなどのアウトバックで暮らすアボリジニの人々が話す英語は、往々にしてこの伝統語と英語が混ざり合ってできた、独自の言語(クリオール)であることが多いのです。だから彼らが、ドリーム・タイムといったからといって、すぐに「時間・時代」という、学校で習った英訳を当てはめるわけにはいかないのです。
ね、メンドクサイでしょう?

ドリーミングと呼ばれる祖先たちの物語は、時間を超越したできごとです。確かにドリーミングは、太古の昔に生じた天地創世のドラマです。その一方で、ドリーミングは今この瞬間も、この世界の創世と維持を絶え間なく続けています。ドリーミングによって、大地は豊かな恵みをもたらすし、ドリーミングの法を無視すれば、ドリーミングがその人を罰するし、ドリーミングによって人は生まれ変わりもするのです。こうしてドリーミングは、今現在を生きている人々に直接影響を与えます。

だから、コンドームは欠かせないのです。

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