ジミー・マンガヤリに、僕がはじめて出遭ったのは1997年1月。ダグラグで以前フィールド調査をしたことのある先輩たちから、この老人の話は聞いていました。大変歳をとっているがまだ頭脳明晰な老人なので、必ず会うようにと薦められていたのです。僕が出会った当時の彼の推定年齢は90歳前後。アボリジニの平均寿命がたしか40‐50歳くらいだったと思うから、驚くべき長寿です。その丈夫な健脚で、若いときに彼が働いていたリンバニヤ牧場からキャサリンまで、約700kmを一人で歩いたという話を聞いたことがあります。
ダグラグの老人たちは、儀式などがない平穏な昼間は、たいてい村の一角にある集会所で時間を過ごしています。のんびり世間話をしている老人もいれば、日がな一日トランプに興じている人、儀式の準備のための相談事をしている老人などが、ここでたむろしています。ダグラグの村に到着して数日後、僕はこうした老人たちに、
「ジミー・マンガヤリに会いたいんだけど・・・」
と切り出しました。すると彼らはすぐ脇で昼寝をしている小柄の老人を揺り起こします。半分寝ぼけ眼の老人は、僕をちらりと見ると、「誰だこいつ?」的表情で周りを見渡し、もう一度僕の顔をみつめました。鋭い目つきをしたその老人に、以前深い付き合いのあった僕の先輩の名前を告げて、「あなたにぜひ会うように言われてきました。」
と言い、先輩が撮ったジミー爺さんの写真を手渡しました。老人はしっかり座りなおすと、懐かしそうに名前を繰り返し、
「俺があの白人たちにたくさんの物語を教えたんだ。」
と、誇らしげに言いました。僕とジミー爺さんとの交流はこうして始まったのです。
自分の人生に大きな影響をおよぼした人物や出来事なんて、そうたくさんはないものですが、ジミー爺さんとの出会いは、僕にとってそうした数少ない「事件」の一つでした。ジミー爺さんと対話を続けていくうちに、僕は本来の目的だった博士論文の研究テーマをがらりと変えることになりました。それだけでなく、僕自身の人生観までもが変わってしまったのです。
ジミ−爺さんは、いまどきの世の中すっかり流行らなくなった「賢者」という言葉を使いたくなるような存在でした。彼は僕に、世界の成り立ちについて語り、諸民族の共存可能性について語り、カントリーの大切さについて語り、植民地主義の不道徳性について語り、どうすれば「大地の教え」に耳を傾けることができるのかについて語りました。僕は、博士論文のデータ収集のために、グリンジの村を訪れました。でも、(当たり前といえば当たり前なんだけど)ジミー爺さんは、「博士論文研究用のデータ」を提供することになんか興味なかったのです。
ジミー爺さんは、「大地がお前をここに呼んだんだ」と言いました。
だからジミー爺さんのほうが、僕よりもずっと、ずっと真剣だったのです。
彼は、<ほかりみのる>という外国からやってきた人物に、アボリジニの法や歴史を教えることで、少しでも多くの人々に、自分の考えを聞いてもらおうとしていたのだと思います。結局僕の論文は、「アボリジニを研究する論文」から、「アボリジニの教えをいかに学ぶかを研究する論文」へと軌道修正することになりました。
去年の7月にグリンジの村を再訪したときに、僕はジミー爺さんに論文の草稿を見せて内容を説明しながら、ジミー爺さんの教えを真剣に受け止めたこと、多くの人にそれを聞いてもらい、分かってもらうための努力をすることを伝えました。僕の説明を聞き終えると、ジミー爺さんはこう言いました。
「(ジミーが僕に語って聞かせた)物語は人々を幸福にする。この本を書いてくれて、俺は幸福だよ。」
もちろん、ジミー爺さんは字が読めないから、僕の書いた本が本当に彼が納得する内容であるかは分からないし、僕も自信があるわけじゃありません。でも、少なくともジミー爺さんとの交流を通じて、アボリジニ社会とは、僕らが興味本位で調べるものではなく、もっと謙虚になって彼らの語り・教えに耳を傾けなければならないのだということを学びました。
彼らが真剣であるなら、僕らも彼らの真剣さに対して誠実でなければならないのです。
2001年3月4日、ジミー・マンガヤリはこの世を去りました。
それは、ジミー爺さんの教えを根幹にした博士論文が完成して約一ヵ月後のことでした。彼がキャサリンの病院に運び込まれて数日後、ダグラグに大洪水が起こり、老人が亡くなった時には、ダグラグの人々は全員がキャサリンに避難していました。ジミー爺さんの死に合わせて、水をつかさどるクラッジ(虹ヘビのドリーミング)が大暴れしたようです。僕は、ジミー爺さんの死と、彼に導かれた博士論文の完成と、ダグラグの大洪水とが、とても大切な符合のように感じています。
ジミー爺さんは口癖のように僕にこう語っていました。
「自分のカントリーに帰ったら、ここで学んだことをしっかりと人々に伝えなきゃいかん。正しい道を進まなければならない。そして、私の物語をお前のカントリーの人々がどう思ったかを聞かせてほしい。」
本を完成させて彼に見せたかった。読者の感想をジミー爺さんに報告したかった・・・
ジミー爺さんとの心の旅はこれからも続いていくのだと思います。