ほかりみのるのアボリジニの世界へようこそ!

第7回 アボリジニの権利

「権利」という、かたくるしい言葉をあえて使います。『ドリーム・タイムズ』を読んでいる皆さんは、アボリジニの文化に強い関心をもっているのだろうと思うのだけど、この「関心・興味」というのは意外とやっかいなシロモノで、そのつもりがなくても相手を傷つけたり、怒らせたりすることがある。アボリジニのまわりにはそんな話がごろごろしています。今回は、アボリジニの文化に興味をもっている僕たちだからこそ知っておきたいいくつかのルールについてご紹介します。

(1) 言葉づかいについて

アボリジニについて人と話すときに、何気なく「部族」、「未開社会」、「原始的」、「野蛮」なんて言葉を使っていませんか?こういった用語は使わないようにしてもらいたい。というか、こういった言葉に代表されるようなアボリジニを「遅れた人たち」とするイメージは、間違いだと思います。了見が狭く、文明主義に毒されている人には、アボリジニ社会は「文明化していない遅れた社会」に見えるかもしれないけれど、アボリジニの視点に立てば文明社会のほうがアボリジニよりずっと遅れている点だってたくさんあるのです。例えば自然環境との共存の知恵はアボリジニの方がはるかに進んでいるし、女性の権利だって現代日本よりずっと保障されています。過労死で死んだアボリジニの話なんてのも聞いたことがない・・・。

「進んでいる」とか「遅れている」とかいった判断をあなたの基準で勝手に決めつけることはアボリジニの人々に失礼です。言葉づかいに注意するのは「差別語を使わなければそれでいい」ということじゃ全然なくて、言葉づかいに気をつけることで、自分の中にある「無意識の人種差別」に注意を向ける、ということなんだと思います。

それから宿泊先などで、「アボ」という蔑称を(そうと知らずに?)使っている文字どおり「野蛮な」日本人に出会いますが、マジでやめてほしい。あなたの教養が疑われます。

(2) 秘密・聖地

先日友人の家で、アボリジニの聖物(儀式などで使う、選ばれた人だけが見ることを許されている物)を堂々と写した日本語の自費出版の本を見つけて度肝を抜いてしまった。この人アボリジニの知的所有権侵害で訴えられても仕方がないんじゃないかな・・・。

世界中の多くの社会がそうであるように、アボリジニ社会にも秘密の場所や道具があります。その多くは儀式に関するもので、責任・権利のない人物が許可なく訪問・使用することは絶対に許されません。日本でも機密書類を盗み出したり許可なく公開したりすれば立派な犯罪です。それはアボリジニ社会でも同じこと。ことと次第によっては死罪を免れないこともあります。

アボリジニの文化にどんなに関心があるからといって、アボリジニ社会のルールを破って何かを知ろうとする行動は、アボリジニ文化を全く理解していないことと同じです。だからぜひ覚えておいてください。―多くの重要な秘密が交錯するアボリジニ社会では、すべてを知っている人などいないし、すべてを知る必要もないのです。

(3)いつも尋ねること

「アボリジニじゃない私がどうしたらアボリジニのルールを知ることができるというの!」
という当然の疑問をもつ人へお答えしましょう。アボリジニ社会のもっとも基本的なルールを一つだけ覚えておけばいいのです。それは今月の「アボリジニ文化とエコロジー」の連載に出ています。
―いつも尋ねることです。
あなたはアボリジニのルールについて何も知りません。そのことはアボリジニの人たちも良く知っています。ならばそれぞれの場面で、どうすればよいのかを尋ねればよいのです。「尋ねられること」も重要なアボリジニの権利なのです。

例えば、旅行先であなたがアボリジニの写真を撮りたいとする。写真を撮っていいかを尋ねましょう。いいと言う人もいるし、だめと言う人もいる。撮っていいけど私にも写真をくれ、という人もいるでしょう。そのとおりにすればいいのです。

それから多くの地域で死者の写真や名前を出すことを嫌う場合があるので、気をつけましょう。前回の『ドリーム・タイムズ』で、亡くなったジミー爺さんの思い出話をしましたが、これはグリンジの村では、死者の名前を口に出すことは禁じられていますが、文字にしたり写真を掲載することは比較的自由だからです。しかしこれは地域によって違います。

というわけで繰り返すけど、その地域のアボリジニの人にルールを尋ねることが何よりも大切なのです。

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