和豪のルーツは、2002年にさかのぼる。
オーストラリアのイベントで偶然集められたメンバーが、即興JAM セッションを披露し、好評を博したのをきっかけに2002年〜2003年にかけて何度かライブを行った。そのメンバーとのセッションが忘れられず、ディジュリドゥ奏者の哲Jが機会を模索していたところ、2006年の日豪交流年を限定とし、そのときのメンバーが集まり「和豪」を結成した。同年にアルバム「和豪」をリリース、その独自の音楽性が認められて、数多くの日豪交流年記念イベントや、アースデイ、J-WAVE主催のライブに出演。和豪という独自のスタイルを確立していく。

2007年1月に「ぱしふぃっく・びいなす号」のオセアニア南太平洋クルーズでの演奏、そしてシドニーでの初の海外公演を成功させたが、日豪交流年限定ということもあり解散。各メンバーがそれぞれの活動に戻る。

しかし、パーカッションの小林弌、津軽三味線の萩原遼とともに哲Jの呼びかけによって、新たな和豪の音楽を再スタートさせる。それが「プロジェクト和豪」だ。2007年アルバム「7 Seasons」をディスクユニオンのレーベル「ta-tak-hito」よりリリース。インストアライブや全国ツアーによって着実にファンを増やしていく。

2008年、体調不良により萩原遼が脱退。あらたな津軽三味線奏者としてピエール小野が加入。あわせて、ベースのいちろうたが入り、第2次「プロジェクト和豪」がスタートする。同年プロジェクト和豪としての2nd CD 「Seven Spirits」をリリース。4名でのスタイルはさらに音の厚みを増し、徐々に様々な業界にその名を知られることとなる。

そんな中、2009年に映画「座頭市THE LAST」(阪本順治監督2010年公開)の音楽制作の話が舞い込む。2009年はその音楽制作に勢力を注ぎ、プロジェクト和豪として大きな節目となる出来事になる。その後、ドラムスの菅沼孝三が加入。しかしながら、メンバーそれぞれの立場、方向性の違いから、2010年をもって活動を終了する。

和豪→プロジェクト和豪と受け継がれてきたスタイルをもう一度原点に戻って探っていきたい。 そんな思いから、哲Jがピエール小野に呼びかけ、新たなる和豪となる「和豪.JP」をスタート。津軽三味線+ディジュリドゥのアコースティックサウンドを中心としたシンプルな「原点」を見つめ直し、和豪スタイルを継承していく。